過去を見つめて

今日は、第二次世界大戦直後の日本がどんなだったかについて話したいと思う。

それは、敗戦直後、本当に日本は戦争に負けてしまったのだと人々が知った時の話だ。

けいこさん(59歳)が、子供の時の話をしてくれた。今では、母であり、二人の孫のおばあさんになっている。生粋の江戸っ子だ。(江戸は、今日の東京の元の名称で、先祖代々東京に住んでいる人を江戸っ子と呼ぶ。)

彼女の家族は、小さな八百屋さんを営んでいた。1958年(昭和33年)に彼女が生まれたときには、同じ家で4世代、つまり父方の曾祖父母と祖父母、彼女の両親と彼女の兄弟たちが一緒に住んでいた。

 

祖父と子供の頃のけいこさん

祖母と母が子供の頃の写真(1930年代)

祖母はいつも彼女に戦争の話をしていた。

祖父は身体的に適正ではないという理由で入隊できなかったので、家業である八百屋は一時閉めて、妻と一緒に武器工場で何年か働いた。祖父の兄弟はみんなお国の勤めを終えて、終戦後、家族のもとへ帰還した。

 

これは、出征する直前に撮影した、けいこさんの祖父とその兄弟の写真。

 

残念ながら、戦争から帰還した兵士は、英雄としてたたえられることはなかった。むしろ「生きて帰るより、お国のために死んだ方がいい。」と、祖母の近所の人が言った言葉を思い出しながらけいこさんは語った。

私は、この話にすっかり驚いてしまった。

私の祖母が私に語った戦争の話とは、まったく違うからだ。

それは、祖母がまだベネト州に住んでいた頃の話だ。パルチザンに見つからないように、ドイツ兵を家に隠していた話とか、祖父がアフリカのトブルクの任務についていた時に、手榴弾で目を負傷した為、除隊して戦地から帰国すると、その功績を称えられてメダルを贈呈された話など。

私の家族は、この祖父の褒章を時計と一緒にまだ保管している。

一方、日本の帰還兵は、だれもメダルをもらっていない。英雄にもならない。それどころか、敗北の恥辱に耐えなくてはいけない。

 

今日の日本は、華やかで、技術革新の進んだ、洗練された国だが、その一方で暗い過去は隠蔽され、今日ではそれについて語るのは難しい。ここでは、祖父母が学校に招かれて、戦争について語ることはない。それより、教科書で必要不可欠の限られた内容を学ぶことを好む。たぶん、ぞっとするような体験談で、戦争に負けた過去を思い出さないようにするためだろう。

侍の傷ついた自尊心、ひどく打ちのめされた愚かな強情さ、この国の心底に深い傷を残した敗戦は置き去りにされたままだ。

過去を愛し、非難し、理解し、受け入れることが大切だ。敗北にも拘らず、過去を誇りに思うべきだ。なぜなら、負けても、生きているなら、体験した恐怖を語る勇気を持つことで、同じ致命的な過ちを繰り返さないで国を救うことができるからだ。

Betty from Tokyo